私はこれまでに東京都、北海道、長野県、福井県、さらに都内の新宿区、豊島区、世田谷区、千代田区、江戸川区、また三鷹市、名古屋市など自然的文化的条件や地域社会特性が異なる自治体の景観計画策定や景観審議会長を経験してきた。
そこでは、いろいろな課題があった。
永年、美しいまちづくりには財政支出を渋る行政文化が支配的であった日本では、景観行政の歴史も浅く、自然景観、歴史景観の保全への関心、また建築景観、河川景観への特定対象に関心を寄せる専門家はいたが、まち・むらの地域全体の全景・Total landscape を評価し、改善点を指摘できる景観計画設計専門家が極めて少ないこと。さらに日本のマスコミやオピニオンも、電柱の地下埋設、看板や色彩の規制などを指摘することで事足りとしていたこと。また行政関係者自体が、それまでの規準列記・点検型の統一的建築指導行政手続きに準ずるものとしてしか理解していないこと、等々。
そんななか、地方創生の切り札・観光振興に向けて景観意識が高まり、住民にとっては「ふるさとと呼べる風景まちづくり」への期待も大きくなっている。いよいよ官・公・民あらゆる景観創出の担い手が、みんなで協力一致して「トータルな景観向上への取組み・ムーブメント」につなげることが最も大切な時代になってきた。
もちろん、こうした認識は、国以上に地方自治体が先行していた実体もある。古都であることに商品価値があった京都や鎌倉などでは、古都の風致を壊すような巨大な建築工作物やケバケバしい色彩を法的に抑制すべく、地元自治体が自主条例による風致保全に努めてきた。
こうして観光地から始まった景観の保全と向上への世論は、やがて特定の観光地でなくとも自分たちが住むまちを見て住みよいものにと願う一般住民の気持ちの高まりによって、一般市街地さらには農山漁村へと自主条例策定が進む。全国で 500~600 以上の自治体が自主条例を定めた。ただ、法律的には、親法無しでは強制する権限も弱く十分な規制誘導も出来ない状況が続いた。
一方、物づくり大国日本の製造現場は国外に移転し産業の空洞化がすすむ中、日本政府はインバウンドの受け入れ促進等「観光立国」を前面に打ち出す。そのためには、緑豊かで、地域らしさに富む「美しい国・日本」の創出が不可欠との認識の下「美しい国づくり政策大綱」(2003)、次いで「景観法」制定(2004)となる。こうして自治体では景観法にもとづく景観計画の策定が努力義務化されたのである。
そこで重要なことは「景観・風景」の本義を、しっかり理解することだということになる。 景観は、英語でランドスケープ(Landscape)。ランド(land)は、土地・自然のこと。スケープ(scape)は、端から端まで目に映るすべて、視覚的環境の全体像のこと。大地の上に展開する自然・生産・生活・民俗・歴史・文化・産業・経済など、視野にはいる諸活動のすべてだといってよい。要するに、普通よく使う「まちづくり・むらづくり・地域づくり」と同義だと考えてよいだろう。
ところで「観光」の語は中国の易経にあるが、「国の光を観る」の意。その国、その地方、その町、その村、その里、固有の光:素晴らしい景色・場所、美しい山や川、農山村の美田美林、社寺の祭や集落、仕事人の働く姿、子どもたちが遊ぶ風景までそのすべてが「生活風景」である。その一部には他地域からの訪問者(ビジター)には物珍しく、異日常体験と感動やインスピレーションを与えてくれる「探勝風景」もある。
現代文明社会は、大量生産・大量流通・大量消費の工場生産された規格品・画一的工業製品で覆われて、没個性・地域らしさを喪失してしまい、わざわざ訪れる観光客には魅力を感じにくい都市景観になってしまった。
そこで「景観法」では、これまでの先人が育んでくれた多様性に富んだ地方、地域、場所らしい風景を保存し、一方で新たに創り出す“個性的な地域づくり”を計画的にすすめるための方策を立案し、推進することを強く求めている。
だから、「景観法」では、このような形の美しい景観にしなさい!という統一規準を示していない。むしろ積極的に独自の計画の保全と創出を自治体(景観行政団体)に求めているのである。
もともと日本列島は、南北に長く亜熱帯から温帯、さらに亜寒帯に及び、修験の地ともなった3千m級の高山も少なくないし、列島各地には万に及ぶ鎮守の森と里地里山集落が広がる。また関東・東海の太平洋岸、山陰・北陸の日本海岸の気候風土のコントラストは極端にちがう。遠浅でゆったりとした松原と砂浜もあれば、変化にとんだリアス式の海岸もある。日本列島は実に「景観多様性」に富んだ「観光の国」なのである。
福井県も永平寺町も、そうした日本列島の縮図である。古墳時代の古代遺跡も少なくないし、大本山永平寺所在の志比庄の北側には北陸を代表する九頭竜の大河が流れ、12 曲りの松岡城下の名残りもある。
こうした豊かな地方文化を下地にして、豊饒芳醇な発酵未来産業、伝統の精進料理や食品を育む元気な農林業、風土の産物繊維産業はもとより楽器ハープのような音の芸術にまで及ぶ。さらに2大学のキャンパスと学術拠点も展開する。
これまで日本の自治体では、人口規模が地域のステイタスと錯覚していたが、ヨーロッパの芸術首都、文化首都、環境首都などは数千から数万のヒューマンスケールが普通である。この例にならい永平寺町の将来ビジョンをヒューマン・シティとすれば、現実的なまちづくり、その見える化の形である「景観計画」が極めて重要になる。
そこで大切になるのは、景観計画の方針と構成である。これまでほとんどの自治体が前提としてきた建築指導行政モデルは景観行政には不適切である。景観要因となる建物のサイズや色彩などを届けさせ、行政窓口がチェックし許可するやり方の許認可方式では、魅力的な風景づくりは無理だからだ。
そこで私は、ヒューマンスケールの「永平寺町の新・景観計画」では、従来型の規準項目チェック方式を最小限に止どめ、永平寺町のこれからの景観まちづくりをリードできる骨格的事業を「リーディングプロジェクト」と位置づけ、行政のマンパワーと町民の協働によって実効性の高い施策構成とすることを提案した。
なお、永平寺町域の景観基本軸は、「大河川軸」の九頭龍川、「小河川軸」の永平寺川。志比口から永平寺七堂伽藍の禅境に向う「禅の道軸」。「山林地軸」。「道路軸」と鉄道沿線と駅勢圏と理解できる。勿論そのなかに、多彩な景観特性を見せる志比地区、吉峰地区、京善地区、栃原地区等の集落景観が広がっている。
ところで、一般的な風景構成は地と図(背景と点景)が基本である。たとえば風景画では山や川や森など大自然が「地」の風景をなす。この背景「地」の上に、橋が架かり、斜面には棚田が墾かれ、山辺には民家が並ぶ。これらの「図」が点景として背景に調和する。景観デザインとは、地と図の調和ある関係を修景もしくは造景することだ。緑濃い山を背にしてこそ民家集落は美しくみえる。
さてそこで、永平寺町の景観まちづくりをリードできるポイントを考えよう。永平寺町の世界的ブランドは、なんといっても大本山永平寺に象徴される「禅」(ZEN)である。スティーブ・ジョブスのような世界のオピニオンは、岡倉天心の『茶の本』に目覚め、鈴木大拙の『禅と日本文化』を読み、日本第一の禅の道場・永平寺での座禅三昧に憧れている。
一方、地元永平寺町民の誇りは松岡城址や 12曲りと町並みである。世界史上の「禅」の核心と、町民と共に歩んだ「城下の町並」の両方の歴史を町民の皆さんと共に育みたいものである。
また、永平寺町には若者が集まる2つの大学キャンパスや学術拠点もあり、その賑わいも期待したい。近年、子育て環境の良さもあって永平寺町には新しく転入する若い世代も多い。永平寺温泉、道の駅・禅の里などを中心に楽しい子どもの遊び場や永平寺町民のコミュニティセンターゾーンの充実も今後の大きな課題だ。
そうした内なるコミュニティの充実と共に、未来への夢も重要だ。永平寺町のもうひとつのお宝、九頭竜川の大景観を生かした「未来型インダストリアルツーリズム拠点、ルーラル・リゾートづくり」が始まっている。地元企業によるふるさと貢献プロジェクツ・ESHIKOTO(黒龍酒造)である。九頭竜川の清流に臨み、川音を聴く好立地に立つ臥龍棟と酒樂棟。先祖が日本近代建築の祖ジョサイア・コンドルに繋る老練なイギリス人サイモン・コンドル、気鋭の建築家古谷俊一の美しい設計作品で、十分にインバウンドや大都市圏からのゲストにも歓迎される高いランドスケープクオリティをもつ。新幹線開業後の福井県の新名所として、さらなる修景と進化が期待される。
以上、永平寺町「新・景観計画」では①風景づくりの基調となる「地と図、背景と点景の調和」を永平寺町民みなさんの理解、町民参画によって推進すること、②5地点の点景的景観拠点化。その造景と修景を公共事業ベースで推進することの 2方向で「風景まちづくりリープロ方式」とした。
私としては、永平寺町景観計画政策のすすめ方は、景観まちづくりを本気で進めようとする自治体の皆さんにもお推めしたい新方式だと確信している。
本稿は(一社)日本公園緑地協会の『令和4 年度公園緑地研究所調査研究報告』(POSRIR. 2022.pp.1-6,pp7-9)における進士所長の「巻頭言―国交省の「公園緑地・景観課」の大きな意義を考える-」ならびに、文中紹介した「永平寺町景観計画」2023-2032の進士審議会長からのメッセージの転載である。地方の自治体景観行政のモデル策定を狙ったので参考にされたい。
進士五十八(しんじ いそや)
東京農業大学名誉教授・元学長、福井県立大学長名誉教授・前学長、農学博士(環境学・造園学)。
これまでに日本学術会議第20,21期会員(環境学委員長)、同第22,23期連携会員、日本造園学会長、東南アジア国際農学会長、日本都市計画学会長、日本生活学会長、日本野外教育学会長、自治体学会代表運営委員。社会資本整備審議会臨時委員、文部省大学設置審議会専門委員、環境省など自然再生専門家会議委員長、国土審議会特別委員。東京都景観審議会副会長、長野県、三鷹市、新宿区、豊島区、江戸川区、福井県永平寺町の景観審議会会長、川崎市環境審議会会長、世田谷区教育委員。さいたま緑のトラスト協会理事長、美しい東京をつくる都民の会会長、田園自然再生コンクール、いきものにぎわい企業活動コンテスト、国際バラとガーデニングショウ等審査委員長など歴任。
現在は、福井県政策参与、福井県里山里海湖研究所長、2027年国際園芸博覧会政府出展懇談会座長、横浜市環境創造審議会会長、緑の環境プラン大賞審査委員長など。表彰は、Golden Fortune、日本造園学会賞、日本農学賞、読売農学賞、日本生活学会今和次郎賞、土木学会景観デザイン賞、内閣みどりの学術賞、紫綬褒章など。著書に、『緑のまちづくり学』『アメニティ・デザイン』『風景デザイン』『ルーラルランドスケープ・デザインの手法』『農の時代』(以上、学芸出版社)、『グリーン・エコライフ』(小学館)、『進士五十八と22人のランドスケープ・アーキテクト』『進士五十八の風景美学』(マルモ出版)など。…